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Your search : [ author:写真 王炳華 岳峰 楊文 劉玉生] Total 3407 Search Results,Processed in 0.152 second(s)
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1. 新発見にわく新疆尼雅遺跡
尼雅(ニヤ)はおよそ二千年間、新疆タクラマカン砂漠南縁のオアシスにあって、西域三十六国の一つ「精絶王国」の都として栄え、またシルクロード上の重要な都市として、東西に行き来する旅行者の憩いの場となっていた。しかし、四、五世紀頃に尼雅は砂漠の中に埋没し、今世紀の初めになって偶然に発見された。
Author: 写真 王炳華 岳峰 楊文 劉玉生 Year 1996 Issue 12 PDF HTML
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2. “ゴールド·ラッシュ”は沿海から内陸の農村部へも。供給が追いつかない金製品購買熱。
中国は、いま、ちょっとした“ゴールド·ラッシュ”。といっても、新しい金鉱が発見されたわけではなく、市場での金製品の売れ行きがグングン伸びて、供給が需要に追いつかない現象をたとえたまで。国内の市場で金製品が売られるようになったのは一九八二年以降。当初は、買い求める客といえば、もっぱら老·中年の婦人に限られていたのが、ここに来て若い女性がグッとふえた。顧客の七割が未婚の女性あるいはヤング·ミセスとは、
Author: 写真 劉玉生 Year 1985 Issue 5 PDF HTML
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3. 天山山脈で見つかった岩の彫刻 原始社会の生殖崇拝文化反映
原始社会後期の生殖崇拝を表現した岩の彫刻が新疆呼図壁県西南の天山山脈で見つかった。この数年、アルタイ山、天山、崑崙山、パミールなどで岩に彫られた野羊や鹿などの動物、狩猟、舞踏、戦争の様子を描いた彫刻が発見されているが(八月号スポット·ライト参照)、この岩の彫刻は新疆一帯で確認されたものの中で画面が最も広く、時代的特徴もいちばん鮮明。画面の広さは一二〇平方メートルもある。写真はその一部。全体にくまな
Author: 写真 劉玉生 Year 1988 Issue 10 PDF HTML
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4. 類型破る五百羅漢像石湾陶磁器廠で大胆な試み
広東省仏山市と言えば、景徳鎮と並ぶ古窯の町。その石湾美術陶磁器廠で、副工芸美術師の肩書を持つ梁力さん(写真上の中央)と青年創作員の都巨輝さん、窪然均さん(写真の右と左)の三人が、皿年がかりで制作していた陶磁芸術壁『五百羅漢』が昨年完成、このほどシンガポールの碧山寺に運ばれ、二部分に分けて大雄宝殿の両側に取り付けられた。その長さは合わせて一四メートル、高さ二·五メートル。石湾はもちろん、中国の陶磁器
Author: 写真劉玉生 Year 1992 Issue 8 PDF HTML
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5. 追い込みに入った大亜湾原発
1986年10月に始まった広東省深圳市の大亜湾原子力発電所の建設工事は、ことし末の発電開始に向けて、最後の追い込みに入ったところ。すでにその巨大な建造物はほとんど完成、各種機械の据え付けもあらかた終わり、それぞれの分野で愼重な試験が日夜続いている。この原発は総出力180万キロワット、中国最大の規模を誇り、国の重点建設の一つに位置づけられている。総工費40億ドルは、中国核工業総公司に属する広東核電投
Author: 写真 劉玉生 王輝 Year 1993 Issue 7 PDF HTML
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6. 天下の名山 黄山
黄山は、安徽省の南部にある東西三〇キロ、南北四〇キロにおよぶ景勝地で、明代の大旅行家徐霞客が全国各地の名山大河を歴遊したのち、ここに来て、国じゅうに安徽の黄山に及ぶ山はなく、黄山に登ればほかに登る山はない、とたたえた所だ。黄山は、黒い石が多いので、はじめは黟(い)山といった。唐時代、道教を信じた玄宗皇帝が、遠い昔、この山で黄帝が不老不死の仙薬をねったことを聞いたので、天宝六年(七四七)に、黟山を改
Author: 構成 曹復 え·岳峰 Year 1991 Issue 5 PDF HTML
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7. 枕(下)
上編では角枕、方枕、虎枕をとりあげて、その起源と神秘性をさぐったが、この編では薬枕、医枕、脈枕、警枕を考えてみよう。多くは健康のための枕だが、その中には枕文化の上からみておもしろい話がある。猶有余香入―薬枕薬枕は、眼病、頭痛、感冒、高血圧、リューマチ、老年性気管炎、神経衰弱、不眠、多夢などに効果があるので、種類が多い。菊花枕、豆枕、麝香枕、磁石枕、琥珀枕等々、順に見て行こう。菊花枕。南宋の詩人林亦
Author: 本誌·郭伯南 絵·岳峰 Year 1989 Issue 11 PDF HTML
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8. 走馬灯(まわりどうろう)
中国では、旧暦元旦の春節と、十五日の元宵の灯節を盛大に祝う。春節がすぎ、やがて灯節というころ、きまって思い出すのが、あの走馬灯だ。子供時分、いなかで過ごした元宵の夜の眺めは、ほんとに美しかった。灯節の飾りつけをし、あかりを入れた「花灯」を掲げた村の家々を見渡すと、地上の星空のようだった。大人たちは、各自丹精の花灯を賞でながら談笑しているが、子供はなによりも走馬灯に夢中になっていた。ささやかな走馬灯
Author: 本誌·郭伯南 絵·岳峰 Year 1990 Issue 1 PDF HTML
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9. 風箏(たこ)(下)
前回では、風箏(フオンヂオン)の名の由来とその起源について述べた。今回は、玩具としての風箏はいつ始まったのかを探り、あわせて「お祓(はら)いの風俗」の由来と古代人の風に対する考え方についても述べてみたい。群なす紙鳶―詩、絵、芝居に登場風箏の原形は、先秦時代の公輸子(魯班)がつくった木鳶(もくえん)にまでさかのぼれるようである。秦、漢、魏、晋、南北朝と時代を経た千年間のあいだ、ずっと軍事用の特殊な道
Author: 本誌·郭伯南 絵·岳峰 Year 1990 Issue 5 PDF HTML
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10. サッカー(上)
サッカーはいまや、断然たる人気を誇る“世界第一のスポーツ”と呼ばれるようになった。その発祥の地はどこか、生まれたのはいつの時代であったのかを探ってみよう。伝えられるところによれば、古代ギリシアにすでに球蹴(け)りを遊んだ人がおり、ローマにもそれが伝わったが、ローマ皇帝に取り締まりを受けたという。また考証によると、古代エジプト人にも、アメリカ·インディアンの一部族にも、蹴球(しゆうきゆう)のたぐいの
Author: 本誌·郭伯南 絵·岳峰 Year 1990 Issue 9 PDF HTML